レボが旅立ってから半年。私は今も後悔ばかり。ここからは、誰にも言えなかった本当の気持ち。気分の悪くなる内容だと思うので、読みたくないかたはスルーしてください。仕事を始めて、健康も心の余裕も本当に何もかも失い自分にいっぱいいっぱいでフェレずのことは後回し。レボが具合いが悪くなったのがわかった亡くなる直前も「こんな忙しいし、それどころじゃないんだけど鬱陶しい。どうせたいしたことないんでしょ?」と思ってた。貧血とわかってからも、まさか亡くなるとは思ってなかった。しばらく前からハンモやベッドについてた、うんPだと思ってたものが血だったことに亡くなってから気付いた。誰だよ、こんなところにうんP撒き地らがしやがって!と憤慨していた自分が本当に許せない。少しでも自分に余裕が持てていたら、異変にも気付けて助けられたかもしれない命。気付こうとしなかった自分。もし手遅れだったとしても最善を尽くせたはずだったと今でも思う。実は、内緒にしていたけれど去年の冬からモコの調子が悪かった。おそらく副腎で毛はほとんど抜けてしまい、どんどんやせ細っていた。リュープリン治療も考えたが、医師に「この子にとっての本当の幸せとは何か、毛が生えて救われるのは人間の心なのではないか」という言葉でハッとし、モコが最後まで楽しかった、美味しかった、幸せだったと思えるように尽くしていく方向に気持ちを切り替えて心残りのないよう心に決めた。私の中で先に亡くなるのは(言い方が悪いけれど)モコのはずだった。モコが亡くなったとしても、悲しいけれども心を尽くせたことでそんなに後悔などしなかったと思う。ところが、そのモコはレボが亡くなってからみるみる元気になって毛もまばらにだけれど生えてきて丸々と太ってきたのには驚いた。まるでレボの命がモコに入っていったのではと感じた。それと同時に飼い主としては最低な気持ちも湧き上がった。「死ぬのはお前のはずだった。なんでお前が生き返ってレボが死ななければなかったのか。レボじゃなくてお前が死ねば良かったのに」そう思えば思うほど、自分の心がどれほど醜く感じ自分自身が死にたいと願った。あまりにも自分を追い詰めすぎているのでワンを家族に迎えたが、それもあくまで仮の幸福にしか思えず辛かった。今でも傷は癒えないし、どんなに思ってもレボは帰ってこない。そう思うと涙が溢れて、でもその涙をなめてくれるワンがいる。今の私はそれだけ。ただそれだけ。私は虹の橋について誤解していた。亡くなったら天国で楽しくやっているのかと思っていたのだが最近、飼い主が来るまで虹の橋の袂で待っているらしい。それなら、早く迎えに行って空の上でレボに会いたいと思ってしまう。フェレずも歳をとって寝ていることがとても多くなった。トイレも沢山外すようになり、もうじき訪れるであろうお別れの時まで悔いのないよう過ごすだけ。レボの死は肉親の死よりも、何よりも私にとって重かった。画像1:すっかり大きくなった茶々画像2,3:新しい家族、小豆を迎えてワンとも仲良く暮らすフェレず